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大津地方裁判所 昭和58年(行ウ)3号 判決 1985年1月14日

(第二号事件)原告 高田義朗

(第三号事件)原告 松尾信子

(第二号事件)被告 大津税務署長

(第三号事件)被告 豊能税務署長

訴訟代理人 田中治 足立孝和 福本光佑 吉田一富 水野二郎 外二名

主文

原告両名の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和五八年(行ウ)第二号事件〔以下「甲事件」という。〕)

1  被告大津税務署長(以下「被告大津署長」という。)が、原告高田義朗(以下「原告高田」という。)に対し、昭和五六年一二月三日付でなした、同原告の昭和五五年度分の所得税について、申告にかかる分離長期譲渡所得金額二、九六〇万七、六四七円及び納付すべき税額五六七万二、〇〇〇円を、それぞれ三、四三五万七、六四七円及び六八四万〇、二〇〇円と更正する旨の処分並びに過少申告加算税六万九〇〇円を賦課する旨の処分(以下あわせて「本件甲処分」という。)を取消す。

2  訴訟費用は被告大津署長の負担とする。

(昭和五八年(行ウ)第三号事件〔以下「乙事件」という。〕)

1  被告豊能税務署長(以下「被告豊能署長」という。)が、原告松尾信子(以下「原告松尾」という。)に対し、昭和五六年九月一七日付でなした、同原告の昭和五五年度分の所得税について、申告にかかる分離長期譲渡所得金額二、九六〇万七、六四七円及び納付すべき税額六一四万二〇〇円を、それぞれ三、四三五万七、六四七円及び七〇九万二〇〇円と更正した処分並びに過少申告加算税四万七、五〇〇円を賦課する旨の処分(以下あわせて「本件乙処分」という。)を取消す。

2  訴訟費用は被告豊能署長の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲事件)

1 原告高田の請求を棄却する。

2 訴訟費用は同原告の負担とする。

(乙事件)

1 原告松尾の請求を棄却する。

2 訴訟費用は同原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(甲事件)

1 被告大津署長は、原告高田に対し、本件甲処分をなした。

2 原告高田は、これを不服として、被告大津署長に対し、異議申立をしたところ、同被告は、昭和五七年三月二五日これを棄却したため、同原告は、さらに、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、昭和五八年一月三一日これを棄却する旨の裁決をなし、その裁決書が同年二月二二日同原告に到達した。

3 しかしながら、本件甲処分は、原告高田の分離長期譲渡所得金額の算定にあたり、同原告が譲渡した不動産の所有権確定のため、訴外大山初代及び同下田淑子(以下「訴外大山ら」という。)に支払つた合計五〇〇万円の示談金について、これを取得費として控除すべきであるのに、控除せずになしたものであつて違法であるから、それぞれの取消を求める。

(乙事件)

1 被告豊能署長は、原告松尾に対し、本件乙処分をなした。

2 原告松尾は、これを不服として、被告豊能署長に対し、異議申立をしたところ、同被告は、昭和五七年四月二七日これを棄却したため、同原告は、さらに、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、昭和五八年一月三一日これを棄却する旨の裁決をなし、その裁決書が同年二月二二日同原告に到達した。

3 しかしながら、本件乙処分は、原告松尾の分離長期譲渡所得金額の算定にあたり、同原告が譲渡した不動産の所有権確定のため、訴外大山らに支払つた合計五〇〇万円の示談金について、これを取得費として控除すべきであるのに、控除せずになしたものであつて違法であるから、それぞれの取消を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告両名)

請求原因各1、2の各事実は認める。

三  被告両名の主張

(以下、甲事件、乙事件を区別しないが、原告高田に関する主張は、被告大津署長の、原告松尾に関する主張は、被告豊能署長の、原告両名に関する主張は、被告両名に共通の主張である。)

1  原告高田に対する本件甲処分の経過は、別表(一)のとおりであり、原告松尾に対する本件乙処分の経過は、別表(二)のとおりであつて、右各処分のうち、それぞれの課税分離長期譲渡所得金額の明細は、いずれも別表(三)のとおりである。

2  原告両名は、訴外大山らに対して、昭和五五年二月一三日に支払つた「相続財産についての示談金」(以下「本件示談金」という。)合計一、〇〇〇万円のうち、原告両名負担分各五〇〇万円について、右金員は、売却不動産の所有権確定のために支出したものであるから、所得税法上控除されるべき取得費に該当すると主張し、これを譲渡収入金額から控除して課税分離長期譲渡所得金額を計算したうえで、昭和五五年度分の所得税の確定申告をなしたが、被告両名は、原告両名に対し、いずれも本件示談金は取得費に該当しないとして、これに代えて、譲渡収入金額の五パーセント相当額を取得費とする旨の各更正処分(本件甲、乙各処分)をなしたものである。

3  右の更正の理由は以下のとおりである。

所得税法三八条一項及び六〇条一項の規定によると、課税譲渡所得金額の計算上控除すべき取得費は、所有者の被相続人が、取得の際にその取得に要した費用並びに所有者あるいはその被相続人が支出した改良費等の合計額となるとされているところ、右のように取得費を控除する趣旨は、資産の値上りによつて所有者に帰属している増加益を、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税するという、譲渡所得に対する課税の趣旨から、右の増加益部分を算出する意味を有するものである。したがつて、右の増加益部分の算出上控除すべき取得費は、被相続人の取得の時点において、その資産の客観的価値を構成する費用でなければならないというべきである。

しかしながら、遺産分割は、共有にかかる相続財産の分配にすぎず、これにより、相続財産に含まれている個々の資産の財産評価そのものに変動を及ぼすものではないから、これに要した費用は、一般的には当該資産の客観的価額を構成するものと認めることはできない。

ところで、原告両名主張の本件示談金は、遺産分割にかかる紛争解決金というべきものであるから、右の理によれば、これが、原告両名の譲渡にかかる別紙物件目録記載の各土地建物(以下「本件土地等」という。)の客観的価額を構成するものとはいうことができず、取得費として控除すべきものでないことは明らかである。

まして、原告両名の主張する「遺産分割にかかる紛争」が、原告両名の被相続人亡高田元次(以下「元次」という。)の先代亡高田象一(以下「象一」という。)の遺産をめぐる、象一の相続人である元次と訴外大山らとの間の紛争であることからすれば、本件土地等のうち、別紙物件目録五ないし八の土地は、元次が他から売買によつて取得したもので、象一の遺産に含まれていなかつたのであるから、本件示談金がこれらの土地の取得費となることはあり得ないところである。

4  なお、被告大津署長は、原告高田の利子所得について、申告にかかる所得金額一二六万八、七五〇円を〇円に、源泉徴収税額五三万一、〇六二円を八万七、〇〇〇円と更正したが、その理由は以下のとおりである。すなわち、原告高田の申告にかかる利子所得は、原告高田が訴外株式会社池田銀行から支払を受けたものであるが、原告高田は、右利子所得について、申告に先立つ昭和五五年六月一二日、租税特別措置法三条に基づく利子所得の源泉分離選択課税を選択し、「利子所得の源泉分離課税の申告書」をその支払を受けるべき時までに、その支払の取扱者である右訴外池田銀行を通じて被告大津署長に提出した。よつて、右利子所得については、その支払を受けるべき時に、支払を受けるべき金額に対して三五パーセントの税率による所得税が源泉徴収されることにより課税関係は終了し、後日、確定申告において、その利子収入金額を総所得金額に算入することはできなくなる。しかるに、原告高田は、右利子収入金額及び源泉徴収税額を算入して確定申告をなしたため、被告大津署長において、これを除外する旨の更正をしたものである。

5  以上のとおり、被告両名のなした本件各処分はいずれも適法になされており、したがつて、これによる過少申告加算税の賦課処分もまた適法である。

四  被告両名の主張に対する原告両名の反論

1  本件示談金の支出に至る経緯は以下のとおりである。

本件土地等は、元々象一の所有であつたが、同人は昭和三七年八月一七日死亡し、その妻秀、象一と先妻正子との間の子大山初代並びに、象一と秀との間の子下村淑子及び元次の四名が相続人となつた。そして、遺産分割協議の結果、象一の遺産については、法定相続分と大きく異なり、元次が全遺産の約一〇〇分の七〇を取得し、秀が約一〇〇分の一五、大山及び下村はそれぞれ約一〇〇分の八を取得することとなつたが、これは、「高田家」という「家」の護持を中心に考え、象一亡きあとの高田家の当主である元次を中心にしたということであり、この大義名分の前に、訴外大山らも右協議結果をしぶしぶ承認したものである。その後、元次は、先妻園子が昭和四一年に死亡し、昭和四三年に珠子と再婚したため、元次死亡後は、高田家と無縁の右珠子に相続権が生じることとなり、高田家護持の大義のために、前記分割協議をあえて黙認していた訴外大山らの不満を招来した。元次死亡後、珠子と原告両名との間で遺産分割の調停が申立てられるに及んで、その不満は最高潮に達し、本件土地等を元次の所有とする旨の遺産分割協議の不存在または錯誤無効の主張をするとの申立が訴外大山らから出されるに至つた。

仮に右主張が認められれば、元次の相続取得の事実が覆り、象一の遺産は未分割の状態に復帰し、珠子との間の分割協議もできなくなるので、原告両名は、やむなく、訴外大山らのために、象一の遺産分割割合の是正の処理として、本件土地等に対する訴外大山らの所有権を一部認める形で、同人らに各五〇〇万円を支払う旨の示談をなした。これに基づいて支払われたのが本件示談金である。ただし、現実には、まず珠子との間の紛争の解決を図ることが問題解決への近道と考えられたので、珠子との調停成立後に訴外大山らと折衝を繰り返した結果、本件示談金を支払つたものである。

2  以上のとおり、本件示談金は、これを支払わなければ、訴外大山らの本件土地等に対する所有権が確定的に認められるものであり、本件示談金を支払うことにより、元次が訴外大山らから本件土地に対する訴外大山らの所有権を取得したものである。したがつて、本件示談金は原告両名が本件土地等を適法に取得するために要した費用ないしは、本件土地等を取得するに際して発生ないし顕在化した債務というべきであり、取得費とみなされるべきものである。

被告両名は、所得税法三八条一項の解釈について、遺産分割は、共有にかかる相続財産の分配にすぎず、財産の客観的価値を構成するものではないから、遺産分割に要した費用は取得費に該らない旨主張するが、相続においては、個々の資産の具体的な帰属は遺産分割によつて定められるのが通常であるから、相続人は遺産分割によつて資産を取得したと考えるのが、通常一般の法感覚に合致するものであり、あるべき法解釈である。したがつて、遺産分割に要した費用も取得費に含まれると解するべきである。

3  仮にそうでないとしても、原告両名は、前記のとおり、本件土地等に対する訴外大山らの所有権を一部認める形で、同人らに本件示談金を支払つたものであつて、本件示談金は、訴外大山らからの所有権譲受の対価として支払つたというべきであるから、本件土地等の取得費に該当するというべきである。

4  仮にそうでないとしても、前記事実関係の下では本件示談金の支払によつて、本件土地等の値上り益のうち本件示談金相当部分は、訴外大山らに移転しており同人らに帰属したものである。したがつて、本件土地等の譲渡所得のうち本件示談金相当部分は、原告両名の所得ではないのであるから、これに対して課税することは、実質課税の原則に反し許されないというべきである。

さらに、本件示談金については、訴外大山らの所得として課税される以上、原告両名の譲渡所得全体に対して課税することは、二重課税となり許されないというべきである。

4  原告両名の本件示談金の支出は、相続税の算定にあたつては控除の対象でなく、譲渡所得に対する課税においても控除の対象にならないとすると、納税上何らの配慮もなされていないことになるが、このようなことは税法上許容されるべきではなく、譲渡所得に対する課税において控除の対象とすべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  甲、乙両事件各請求原因1、2の各事実は、いずれもそれぞれの当事者間に争いがない。

二  それぞれの当事者間において成立に争いのない甲第一号証の二及び弁論の全趣旨によれば、被告両名の主張1、2の各事実を認めることができる。

三  そこで、原告両名主張の「相続財産についての示談金」各五〇〇万円の支出が、所得税法三八条一項にいう譲渡所得の計算上控除すべき取得費に該るか否かについて検討する。

1  前記甲第一号証の二、それぞれの当事者間において成立に争いのない乙第三ないし第一二号証及び原告松尾本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件示談金支払に至る経緯として以下の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(一)  原告両名の昭和五五年度分の分離長期譲渡所得は、別紙物件目録一、二の土地建物及び倉敷市児島下の町一〇丁目三八四番三二他の土地(合計約四、四六七・九四平方メートル)の各原告両名持分の譲渡による所得であるところ、右各土地建物は、いずれも原告両名が昭和四七年六月一五日元次から相続により取得した別紙物件目録記載の各土地建物(但、目録三、四の土地については元次の持分二分の一)を、そのまま(目録一、二の土地建物)、あるいは分筆して(目録三ないし八の土地)譲渡したものである。

(二)  右のうち、別紙物件目録一、三、四の各土地は、象一が大正五年ないし昭和一二年にかけて売買により取得し、所有していたものであり、目録二の建物も同人の所有にかかるものであつて、元次が昭和三七年八月一七日相続により取得したものであり、目録五ないし八の土地は、元次が昭和四六年一一月五日味野塩業組合から売買により取得したものである。

(三)  象一の相続人は、妻秀並びに子元次及び訴外大山らの合計四名であつたが、遺産分割協議の結果、元次が家業の塩業を継ぎ、高田家の財産を守るという趣旨で、塩田(目録三)及び池田市の自宅(目録一、二)など全遺産の七割ないし八割を取得することとなり、訴外大山らは、右協議を承諾したものの、その結果には不満を抱いていた。

(四)  元次の妻園子は、昭和四一年二月一九日死亡し、元次は、昭和四三年一〇月一五日珠子と再婚したが、元次が病気で入院した昭和四七年一月ころから、特に前記下村淑子において珠子の行動に不審を抱くようになり、高田家の財産が珠子に帰属するようになつては大変だという危惧感を抱くようになつた。

(五)  元次死亡後、珠子から遺産分割の調停が申立てられ、結局、珠子に三、〇〇〇万円を支払うことで昭和四九年一一月一九日調停が成立したが、その調停成立前から訴外大山らから、塩業を廃業して高田家の財産の護持ということも必要でなくなつたのだから、象一の遺産について、自分達も当然に持分があり、分割にあずかれる権利があるとの主張がなされるようになつた。そのため、珠子との調停成立後、原告両名と訴外大山らとの間で、北尻得五郎弁護士を介して話合いがなされ、原告両名において、本件土地等に対する訴外大山らの所有権持分のあることを認める形で、原告両名が各五〇〇万円を訴外大山らに支払う旨の示談が成立し、本件示談金を支払うこととなつた。

2  ところで、譲渡所得に対する課税は、資産の価値の増大により、所有者に潜在的に帰属している増加益について、その資産が所有者の支配を離れ、増加益が対価という形で顕在化したのを機会に、これを清算し課税する趣旨と解されるところ、その趣旨からすれば、所得税法三八条一項が、課税譲渡所得金額の算定において、その資産の取得に要した金額並びに改良費及び設備費の合計額を取得費として控除すべきものとしている理由は、譲渡収入金額のうち、資産の保有中に資産の価値が増大した結果、所有者が得た純益に相当する部分を課税対象として算定する意味を有するものと考えられる。したがつて、譲渡収入金額から控除すべき取得費は、取得時における資産の客観的価値と捉えられるべき、取得の対価及び取得に直接要した費用、並びに保有中における資産の価値の増大をもたらす資本投資と捉えられるべき改良費等がこれに該ると解すべきことになる。

また、同法六〇条一項が「限定承認を除く相続その他の事由によつて取得した場合の課税譲渡所得金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたとみなす」旨規定している趣旨は、同条に該当する場合には、同法五九条に規定する場合と異なり、資産の移転の際にその増加益をみなし譲渡として清算することをせず、後日、有償で譲渡された段階でその増加益を通じて清算するというにあると解されるから、これと前記の同法三八条一項の規定の趣旨を併せ考えれば、限定承認の場合を除き、相続の際における資産の取得にかかる金員の支出は被相続人が、当該資産を同法六〇条一項に規定する以外の方法により取得した際の、その資産の客観的価値を構成するものか、またはその後の保有中における改良費等とみられるものでなければ、租税特別措置法三九条の如き特段の定めのない限り、取得費とはなり得ないものといわざるを得ない。

3  そこで、前示事実関係の下で、本件示談金が取得費に該当するか否かを検討するに、本件土地等に関する訴外大山らの主張は、要するに、象一の遺産分割の結果が法定相続分に反しているから、再分割あるいは侵害された相続分の回復を求めるというにあつたと考えられ、象一の資産取得時における所有権の帰属を争うものではなく、したがつて、本件示談金は、所得税法六〇条一項の規定により取得費とされるべき象一の取得時における資産の客観的価値を構成するものでないことは明らかであり、かつ、保有中における資産に対する資本投資とみることもできないから、改良費ということもできず、結局のところ、同法三八条一項の取得費には該当しないといわなければならない。

また、本件土地等のうち別紙物件目録五ないし八の土地は、象一の遺産には含まれていないから、訴外大山らが相続によつて取得する余地はなく、本件示談金をめぐる紛争の対象外であつて、本件示談金が右各土地の取得費となるものではないことは明らかである。

4  原告両名は、所得税法三八条一項の解釈について、遺産相続において、個々の資産の具体的な帰属は遺産分割によつて定められるのが通常であつて、相続人は遺産分割によつて資産を取得したと考えるのが通常一般の法感覚に合致するものであるから、遺産分割に要した費用をも取得費に含ませるべきである旨主張するが、前示の同条及び同法六〇条一項の趣旨に照らせば、同法六〇条一項により引き続き所有していたとみなされる相続の際の遺産分割に要した費用は、通常は被相続人においてその資産を取得した際の資産の客観的価値を構成したり、その後の資産の価値の増加に資するものということはできず、これを一般的に取得費に該当するとは到底いうことができないばかりでなく、本件の場合には資産の帰属に争いがあるとはいつても、それは共同相続人間での争いにすぎず、結局のところは分割方法の当否をめぐる争いであるから、その紛争の解決のために金銭が支出されたとしても、それが資産の客観的価値に影響するものでないことは明らかであるといわざるを得ず、したがつて、これをもつて取得費ということはできない。よつて、原告両名の右主張は採用できない。

5  また、原告両名は、本件示談金は、原告両名において本件土地等に対する訴外大山らの所有権を一部認める形で、同人らの所有権譲受の対価として支払つたものであるから、本件土地等の取得費とみなすべきである旨主張するが、遺産分割協議は、単に法定相続分に反していることのみをもつて直ちに無効とすべきものではなく、錯誤、詐欺等の民法上の無効、取消原因その他分割の効力を否定すべき特段の事情のある場合に限り無効となると解すべきであるところ、具体的にこれを裏付ける主張のない本件にあつては、元次の本件各土地に対する所有権を争う余地はないというべきであるから、原告両名の右主張も失当である。なお、本件示談金については、象一の遺産の分割において、いわゆる代償分割の方法によつたものとして、その代償金とみる余地がない訳ではないと考えられるが、代償分割も遺産の分配の一態様であつて、代償金をもつて他の共同相続人からその持分を取得した対価とみるべきものではないから、これを取得費に含ませることはできない。

6  さらに、原告両名は、本件土地等の譲渡所得のうち本件示談金相当部分は、本件示談金の支払によつて訴外大山らに移転しており、これを原告両名の所得として課税することは、実質課税の原則に反し、また、訴外大山らにおいて本件示談金が課税の対象となるのであるから、原告両名の譲渡所得のうち本件示談金相当部分をも課税の対象とすることは二重課税になると主張するが、いわゆる実質課税の原則は、名義と実体、形式と実質とで所得の帰属が異なる場合の問題であるのに対し、本件事実関係の下では、原告両名は、本件譲渡所得にかかる資産の真実の所有者であつて、その譲渡による収益の帰属者と認められるのであるから、原告両名に対し、その譲渡による収益金額全部に課税することは何ら右原則に反するものではなく、また、原告両名の本件譲渡所得と訴外大山らの本件示談金の支払による所得とは、本件譲渡所得をもつて本件示談金の支払にあてるという点で経済的には同一性を有するとしても、法律上は別個の行為とみられるものであるから、訴外大山らにおいて、本件示談金の支払により原告両名の譲渡所得とは別個の所得が発生したというべきであつて、これら双方に対する課税が二重課税に該るということもできない。よつて、原告両名の右主張も採用できない。

7  原告両名は、本件示談金の支払は、相続税においては控除の対象でなく、所得税においても控除の対象でないとすると、税法上何ら考慮されていないことになり、許容されるべきでないと主張するが、前示のように、本件示談金は、代償分割における代償金とみる余地があり、もしそうであれば相続税の算定において控除の対象となるべき性質のものであるから、税法上の考慮がなされていない訳ではなく、原告両名の右主張は前提を欠き失当である。

8  以上によれば、被告両名が、原告両名主張の取得費を採用せず、これに代えて譲渡所得金額の五パーセント相当額を取得費とみなして控除したことは何ら違法でないというべきである。

四  原告高田と被告大津署長の間において成立に争いのない乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば被告両名の主張4の事実を認めることができ、これによれば原告高田の利子所得についての被告大津署長の更正は適法になされたものということができる。

五  その他、本件各更正処分及び過少申告加算税賦課処分の違法性を疑わせるに足りる証拠はなく、本件各処分は、いずれも適法になされたものというべきである。

六  よつて、原告両名の各本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西池季彦 森弘 松本清隆)

別表(一)

課税経過表 (単位 円)

区分

申告

更正

異議の申立て

異議決定

審査請求

裁決

備考

年月日

56・3・16

56・12・3

56・12・25

57・3・25

57・4・20

58・1・31

(1)総所得金額

内訳 利子所得金額

給与所得金額

3,612,236

1,268,750

2,343,486

2,343,486

0

2,343,486

3,612,236

1,268,750

2,343,486

棄却

2,343,486

0

2,343,486

棄却

(2)分離長期譲渡所得金額

29,607,647

34,357,647

29,607,647

29,607,647

(3)所得から差し引かれる金額

内訳 社会保険料控除

生命保険料控除

配偶者控除

扶養控除

基礎控除

1,526,221

316,221

50,000

290,000

580,000

290,000

1,526,221

316,221

50,000

290,000

580,000

290,000

1,526,221

316,221

50,000

290,000

580,000

290,000

1,526,221

316,221

50,000

290,000

580,000

290,000

(4)課税総所得金額

2,086,000

817,000

2,086,000

817,000

(1)-(3)1000円未満切捨て

(5)課税分離長期譲渡所得金額

29,607,000

34,357,000

29,607,000

29,607,000

1000円未満切捨て

(6)(4)に対する税額

261,760

85,800

261,760

85,800

(7)(5)に対する税額

5,921,400

6,871,400

5,921,400

5,921,400

(8)算出税額

6,183,160

6,957,200

6,183,160

6,007,200

(6)+(7)

(9)住宅取得控除

30,000

30,000

30,000

30,000

(10)源泉徴収税額

531,062

87,000

531,062

87,000

(11)申告納税額

5,622,000

6,840,200

5,622,000

5,890,200

(8)-(9)-(10)100円未満切捨て

(12)過少申告加算税額

60,900

0

13,400

別表(二)

課税経過表 (単位 円)

区分

申告

更正

異議の申立て

異議決定

審査請求

裁決

備考

年月日

56・3・13

56・9・17

56・11・16

57・4・27

57・5・27

58・1・31

(1)総所得金額

内訳 不動産所得金額

利子所得金額

配当所得金額

給与所得金額

3,627,766

1,835,780

459,186

3,000

1,329,800

3,627,766

1,835,780

459,186

3,000

1,329,800

3,627,766

1,835,780

459,186

3,000

1,329,800

棄却

3,627,766

1,835,780

459,186

3,000

1,329,800

棄却

(2)分離長期譲渡所得金額

29,607,647

34,357,647

29,607,647

29,607,000

(3)所得から差し引かれる金額

内訳 医療費控除

社会保険料控除

生命保険料控除

扶養控除

基礎控除

1,070,550

31,709

118,841

50,000

580,000

290,000

1,070,550

31,709

118,841

50,000

580,000

290,000

1,070,550

31,709

118,841

50,000

580,000

290,000

1,070,550

31,709

118,841

50,000

580,000

290,000

(4)課税総所得金額

2,557,000

2,557,000

2,557,000

2,557,000

(1)-(3)1000円未満切捨て

(5)課税分離長期譲渡所得金額

29,607,000

34,357,000

29,607,000

29,607,000

1000円未満切捨て

(6)(4)に対する税額

340,260

340,260

340,260

340,260

(7)(5)に対する税額

5,921,400

6,871,400

5,921,400

5,921,400

(8)算出税額

6,261,660

7,211,660

6,261,660

6,261,660

(6)+(7)

(9)配当控除

150

150

150

150

(10)源泉徴収税額

121,231

121,231

121,231

121,231

(11)申告納税額

6,140,200

7,090,200

6,140,200

6,140,200

(8)-(9)-(10)100円未満切捨て

(12)過少申告加算税額

47,500

0

0

別表(三)

1 別紙物件目録一及び二の土地建物のうち、原告両名の各持分の譲渡にかかる所得

<1>譲渡収入金額

49,586,750円

<2>取得費

2,479,337円

<3>譲渡に要した費用

112,500円

<4>特別控除額

30,000,000円

<5>譲渡所得の金額

{<1>-(<2>+<3>+<4>)}

16,994,913円

2 別紙物件目録三ないし八の各土地のうち、原告両名の各持分の譲渡にかかる所得

<1>譲渡収入金額

22,258,800円

<2>取得費

1,112,940円

<3>譲渡に要した費用

3,783,126円

<4>譲渡所得の金額

{<1>-(<2>+<3>)}

17,362,734円

3 分離長期譲渡所得金額

34,357,647円/(1の<5>と2の<4>の合計額)

(別紙)

物件目録

一 池田市室町一〇一七番九

宅地    三八〇・一六平方メートル

二 池田市室町一〇一七番地九所在

家屋番号 一〇一七番九

木造瓦葺二階建居宅一棟及び附属建物一棟

床面積合計 一六三・八二平方メートル

(以上原告両名持分各二分の一)

三 倉敷市児島下の町一〇丁目三八四番

塩田    一八、九八八平方メートル

四 右同所三九二番二

宅地    一七三・九一平方メートル

(以上原告両名持分各四分の一)

五 右同所三七六番八

用悪水路      七三平方メートル

六 右同所三七六番二一

用悪水路      九〇平方メートル

七 右同所三七七番七

雑種地      一二五平方メートル

八 右同所三七七番二〇

雑種地      一一二平方メートル

(以上原告両名持分各二分の一)

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